日帰り熊本旅

2018年2月20日火曜日、熊本の日帰り旅をすることにした。

旅を思いついたのは前日で、その時はどこを観光するかすら決めていなかった。まずは、九州を旅するにあたり、3日分九州鉄道が乗り放題となる「旅名人の九州満喫きっぷ」を購入して旅をする事にした。

熊本駅を拠点に九州の他県へと行こうと思っていたのだけど、とある小説*1南阿蘇鉄道を使った旅が描かれていたのに触発されて、私も南阿蘇鉄道に乗る計画を考えた。ところが調べてみると、南阿蘇鉄道高森線の立野駅南阿蘇水の生まれる里白水高原駅間は2016年の熊本地震の甚大な被害で運行をしていないらしく、熊本駅からのアクセスが困難だと判明した。よってその他の鉄道を使った旅をする事にする。

といっても九州の観光地なんてハウステンボス太宰府くらいしか知らないし、そもそも私は有名な観光地に行くことに一切の興味がない。私は、人が少なかったりいなかったりする街や自然が好きだからだ。観光雑誌に目を通したが、やはりいまいちだった。ただ、私が知っているスポットとして夏目友人帳の聖地・熊本県人吉市がある。詳しく調べると、行けそうだ。そして、人吉市はよく知られた温泉街らしく、聖地巡礼をかねた温泉巡りができる。という事で人吉市に行く計画にした。そして当日、その計画を地元の人にすると、肥薩おれんじ鉄道の車窓の景色が良いと勧められ、予定に組み込む事にした。

 

熊本駅八代駅海浦駅

初めはJR熊本駅から肥薩おれんじ鉄道に行く。9時40分ごろ熊本発の鹿児島本線下りの普通列車で終点八代(やつしろ)駅へ。固定式クロスシートで2両編成。人は少なく2人席に座った。終点まで人が全員が座れる程度に空いていた。40分ほどで八代駅に着くと、肥薩おれんじ鉄道に乗り換え。鹿児島本線肥薩おれんじ鉄道も電車の本数は、1時間一本程度しかないが、ちょうど数分後におれんじ鉄道の八代駅発電車があり乗り込む。本来は車両の手前にいる駅員に行き先を伝えて切符を購入するようだ。一両編成のワンマン列車でセミクロスシートロングシートの端に大きなくまモンのぬいぐるみが堂々と座っていた。私は進行方向に向かって右のボックスシートに座った。こっちでなければ海岸沿いの景色をしっかり見ることができないからだ。向かいの席にはおじいさんがすでに座っていた。

肥薩おれんじ鉄道の見所は海岸沿いから臨む海の景色で、特に鹿児島に入ったあたり(八代駅発の列車では後半になる)らしいが、そちらまで行くと人吉に行く時間がなくなってしまう。おれんじ鉄道が出している見所案内では熊本の肥後二見駅肥後田浦駅もおすすめというので、それを見て適当に降りて折り返すことにした。鉄道が走ったのは人里を離れた辺鄙な場所だった。しばらく鉄道が走ると海が見えた。車窓が大きいので視界の開けた広大な景色を拝むことができた。水平線が目の高さにあって、空と海だけの景色だった。空は晴れていて雲が少なく、薄い青色をしていた。海は穏やかできらきらと日光を反射していて淡く美しい色をしていた。湖南の琵琶湖の水の場合、もっと濃く黒っぽく見えるのでこれほど見え方が違うというのは知らなかった。水平線は当たり前なのだが完全に直線だった。その水平線が美しくて見惚れた。向かいに座るおじいさんもずっと車窓の景色を眺めていた。いつも見ているんだろうか。電車の進行方向右手にはときおり海が、左手には森が続いて、鉄道沿線に古民家がまばらに点在する。そして海が見えなくなって私は海浦駅で降りた。

 

海浦駅で降りたのは僕とおばさんの2人で、降りるときは列車前方の運転手に切符を見せて下車する必要がある。駅はどこも無人駅なためだ。降りると遠くに海が見えて、海の手前で目下には住宅地があり、後ろには山がそれを囲むように鎮座している。とても画になる景色だ。駅が街よりも高い場所にあって見下ろすような場所に立地しているのは珍しいのではないだろうか。駅にはホームや改札は当然ない。様々な方向にある道と曖昧に接続していた。折り返し電車までかなりあるのでまずは海と反対側、山の方へ行ってみる。すぐに分かれ道にぶつかるので、まずは左の坂道の方へ。行くと斜面に果樹園があり、運搬用と思われる自家用モノレールがいくつもあった。坂道はやがて木々に覆われ、この先は山道がずっと続きそうなので折り返し、先ほどの分かれ道のもう片方を進む。こちらも先程と同様の小さな果樹園がある。緑に囲まれた山の中にいる気分だが、さらに進むと交通量の比較的多そうな道路がコンクリートの柱で支えられ、上方を横切っている。その奥は何もない山の中だが、道はやがて大きなUカーブを描くように駅の方へ折り返す。途中土砂崩れの注意書きがあった。結局この道は海沿いにあった住宅地に繋がっており、駅にもやんわりと接続していた。

私はそのまま住宅地を歩いた。これと言ったものはない。神社があるくらいか。お店も自販機も一つもない。海岸沿いの道に行くと、景色が大変美しかった。だからかなりの時間海岸近くで過ごした。海岸近くに芦北海岸県立自然公園という看板があったのでその奥へと行ってみたが、公園はなく山の方へと続く道があった。途中、「おわあ!」と驚いた声がして、向くと畑作業をしているお爺さんがいた。よほど珍しいのだろう、爺さんに何してるのかなどを訊かれた。そして私もこの先はどうなっているかを訊くと、景色も見えない森の中だというので引き返すことにした。その後も地元だという2人の年配の女性に会い、お店や良い景色が見れる場所を尋ねたが、この街にはないという。たのうら御立岬公園駅近くの御立岬公園には展望台があり、綺麗だという。この街から見える海も充分綺麗だと思うが。

駅に戻るときに気づいたのだが、この街では人とすれ違った時に毎回挨拶をするのが当たり前らしい。すれ違う人はみんな挨拶をしてきた。挨拶を自分からしない自分が恥ずかしく思えた。本当に小さい街だからみんな顔見知りみたいなもので、そういう習慣が身についたのかもしれない。なぜなのかは重要じゃないけど、この街は素敵だった。この海浦散策は、想像した以上に素晴らしいものになった。お店などはどこにもないけれど、海と山がすぐそばにあってこの街は景観が良いし雰囲気も良い。この駅で降りたのはほとんど直感でしかなかったけれど、正しい選択だったなと思う。

 

 海岸近くで時間を潰したのち、13時20分の八代駅行き電車に乗った。そして微睡んでいる間に八代駅に到着した。14時到着で肥薩線人吉駅行きの電車は14時40分発なので、駅に併設されたファミマでおにぎりと飲料と購入する。八代駅周辺は特に何もなかったので歩き回ることもなかった。すでに停車している人吉行きの電車でおにぎりを食べながら時間を潰した。電車は一両編成ワンマン列車、前方半分が全てボックス、後方がロングのセミクロスシート。降車の際は運転手に切符を見せるタイプだ。席は充分に空いており、地元の人はボックスシートの向かい席に足を伸ばしてくつろいでいた。右側の席は日差しがあったので私は左側のボックスシートに座った。

 

八代駅人吉駅

八代駅を出発して3駅ほどは右の車窓からの風景が見え、左は壁の風景が続く。その後はそれが逆転して左側からずっと景色が楽しめる。この景色が物凄くよい。肥薩線は人吉に行くまでの間に、山間を縫うように走る。文字通り山間で、全方位を山が取り囲んだ風景が続く。列車は、左下方向に山間を通り抜ける川に沿ってもいる。当然のごとく各駅無人駅で、駅周辺には何もない。駅以外は家すら見当たらなかったりする。今までみた中で一番、何もない場所だった。でも民家は少しあって、どうやって生活しているのか想像がつかない。山の中だから肥薩線の多くが秘境駅に数えられている。どこかで降りて散策してみたいと思わせる良いところだった。

人吉駅に近づくと、列車は山間を抜け平地に出た。そこからは住宅も多くなり、降車する客が増えた。15時53分に人吉駅に到着。駅を出ると、山間とうって変わってしっかりと(?)街並みが広がっていた。温泉について尋ねようと観光案内所に行く。温泉についてのパンフレットと、夏目友人帳の手作り聖地巡礼マップ、夏目友人帳のスタンプカードをもらった。聖地巡礼マップは配布を終了したので、手作りしているらしい。

どこへ行くかは決めていなかった。聖地マップをみても5期の何話で誰々が遊んだところというような記述ばかりで、スクショ等はなく(版権の関係で仕方ないが)イメージがまったく掴めない。 だから本当になんとなくで、行き先を決めた。まずは人吉駅を出て左方向へ。聖地鍛冶屋町通りを目指す。しかし、鍛冶屋町通りが出てきた場面は全然わからない。鍛冶屋町通りは飛ばして、水の手橋へ。橋近くに聖地があるらしく、行ってみたがここもよくわからない。そのまままっすぐに歩いて胸川の聖地へ。しかし、ここもよくわからない。構図もわからないので適当に写真を撮ってみる。すると、自転車に乗った若いお兄さんがこちらを訝しげに見ながら通り過ぎて行った。恥ずかしい。そして、近くに田町菅原天満宮という聖地(こちらもわからない…)があるので行くと、住宅地にひっそりとその小さな小さな神社があった。土地は一軒家の半分くらいしかない。しかし、痛絵馬がたくさん掛けられていた。鐘をならす鈴紐にはニャンコ先生のぬいぐるみがつけられ、拝殿には夏目友人帳探訪帳というファンがメッセージを書き込むノートと、スタンプ、たくさんの筆記具、痛絵馬があった。夏目友人帳探訪帳は、最新のものが弐拾壱(21)冊目で、それまでの探訪帳も積まれていた。ペラペラとめくると日本語だけでなく、中国語、韓国語、英語も多くあった。中国語の書き込みは日本語の次に多かった。全体の2〜3割は外国語だった。私がここを訪れたのが夕方なのもあってか、周りに巡礼者と見られる人はいなかったが、私が来た日にも巡礼者が2人くらい書き込んでいた。こんなめちゃくちゃな田舎で人が全然いない場所にたくさんの人が来て書き残していっているというのはとても興味深い。アクセスの容易ではないこの場所に日本各地だけでなくアジアや欧米から、誰かが訪れて書き込んで、他の誰かに読まれてはまた書き残す。知りもしないたくさんの人の探訪は地元の方の厚意で用意されたこのノートで確かに見れて、そうやって積み重ねたものを前にしてつい感傷的になった。探訪帳があることは知らなかったし、この神社がアニメでどのように登場したかもわからない。ここに来たこと自体は単なる偶然だったが、ここに来られたことただ一点で今回の訪問にはすっかり満足した。この神社に来るためだけでも、人吉に来る価値はあると思えるくらいの場所だと思った。勿論私も探訪帳に記入した。神社を後にすると、その奥にまた聖地があるらしく、行くと塀から屋根までブロックでできた小さなバス停があり、これかなと適当に写真を撮った。しかし、あとから調べてみると、バス停や川はどこも見当違いな場所を撮っていたということが判明した。

 

日が傾き始めているので聖地巡礼を終え、温泉に向かった。人吉は温泉街なだけあって何十もの温泉施設がある。どこに入るかたいそう時間をかけて結局適当にいわい温泉という外湯へ行った。施設は職員がおらず券売機で入浴券を300円で買い、受付に置いておく。ほとんど地元の常連が利用しているようだ。この温泉は露天風呂もあるが、冬期は内湯一つしかやってないらしい。風呂には2、3人の常連がいた。お湯はどうだったかについては、評価できるほど経験と知識がないのでわからない。普通のお風呂だったというのが正直な感想だ。でもたまにはこうして外で温泉に入るのも良いなと思えた。温まった体で、帰り道を歩くのは心地が良い。温泉を出たのは18時40分ごろ。もう、あたりは暗くなっていた。そこから人吉駅に戻って帰るが、次の帰りの電車は19時40分ごろだ。駅までの一本道をただ歩く。車の交通量はそこそこあった。時間があったので途中、コンビニにてチョコモナカジャンボを購入した。しかし、食べてみるとこれなら迷っていたファミチキの方がよかったなと思った。

 

帰り

 人吉からの電車には、帰宅する高校生とその他の乗客がボックスシートを1人ずつ贅沢に使っていた。途中で乗車する客は1人もいなかった。車窓からは何も見えない真っ暗だ。眠るかと思ったが眠気もないので、読書をした。八代駅に着くと20分ほど待った後、21時11分発の熊本方面行きに乗り換え。10人程度の乗車を待つ客がいた。列車は2両で熊本から乗った時とは違いロングシート式。熊本に着くと22時を過ぎていて、地元にしかない飲食店で夕飯を食べようと思ったがほとんど閉まっており、駅のモスバーガーで済ませた。その後、熊本市電に乗って帰るのだが、市電には時間によらず多くの客がいて、中でもスーツケースを持った客が目立った。この日の旅はこれで終わりだ。

 

乗り放題切符を購入しただけあって、随分欲張った旅だった。濃い1日だった。過密スケジュールだった。そして特にリサーチすることなく海浦も人吉も選んだが、行ったことを満足できる良い場所だった。ほんとうによかった。日帰りでも旅というのは良いものだ。後悔は先に立たないが、もっと早く旅することや山を登ることの魅力に気づいておけばよかったなと思わずにはいられない。

ちなみに移動費用だが、

熊本駅海浦駅 1490円

海浦駅人吉駅 1860円

人吉駅熊本駅 1820円

熊本市電 170円

計 5340円

旅名人の九州満喫きっぷは一回あたり3600円なので、通常より1740円安く済んだことになる。

*1:柴田よしき『愛より優しい旅の空』