記録2 福井の旅

 日帰りで福井県に行くことにした。目的は平泉寺白山神社を観光することだった。安上がりで済ませたかったので、青春18きっぷを使用することにした。ただ、持っていないので、ヤフオクでやや割高な価格で残り一回のものを落札した。

 9月8日金曜日、最寄り駅の始発に乗車した。乗車した電車には、水泳部の高校生の集団がいた。睡眠時間が取れていなかったので寝るつもりだったが、大会があるらしく騒がしかったし、日帰りの旅に気持ちが昂ぶっているのもあってか全く寝れなかった。終点滋賀県米原駅まで乗り、北陸本線で終点福井県敦賀駅へ。道中景色は典型的なド田舎のそれで、どうやって生活してるのだろうと不思議だった。敦賀駅からは福井駅行きの電車に乗った。50分ほど乗ったあと、9時頃に福井駅に到着。ここでえちぜん鉄道に乗り換えた。えちぜん鉄道の広告スペースに平泉寺のポスターがあって、観光客増えてるんだろうなぁとちょっと残念に思った。福井駅から片道770円で当駅発の終点勝山駅行きの電車に乗った。えちぜん鉄道にはアテンドという乗務員がおり、電車では初めて見たので印象的だった。電車からの風景はひたすら田んぼだったり、畑だったり山だったりで、私の好きな風景だった。私はそういう風景とか雰囲気とかそういうものの在る空間が本当に好きだったし、それだけで楽しめたと思う。ただ、残念だったのが私が座った方より反対側の方が良い景色だったことだ。景気を見ようと反対側の車窓を見ようとすると、そちらには女性が座っており不審な行為になってしまうのでしっかり見れなかった。本を読んだりときどき風景を眺めたりしながら約1時間電車に揺られた。勝山駅に着いて、外に出ると閑散としてタクシーもバスも車も無かった。そこから平泉寺に最寄りの勝山城博物館前に行くバスに乗るため、10分弱歩いて停留所のあるゆめおーれ勝山という記念館に行った。地元の人に教えてもらった小さなバス(コミュニティバスというらしい)に乗った。運賃は100円だった。バスを降りた後運転手に教えられた道、といっても道なりに東へ直進するだけなのだけど、その道を行くと、針葉樹林が現れてその中を突っ切るように道が続いていた。そこは公道だったけど、すでに普段感じられない雰囲気があった。その道は人1人いなかったし、車すら通らなかった。観光客は自分だけなんじゃと思って高揚してたくさん写真を撮った。しばらく歩くと車や人が見えてきて、どうやら思った以上に観光客がすでにいるらしかった。着いたのは11時頃だった。

 

 針葉樹林を抜けると、駐車場や資料館、食事処などがあり、私の歩いてきた道は、左右に伸びている幾つかの道と繋がっていた。駐車場には、10台くらいの車が止まっていた。ちらほら人が歩いていたが、総じて閑散としていて決して多いとはいえない数だった。その先さらにまっすぐ東方向へ進むと、目的地境内へと続くかなり広幅の階段があった。階段を登りきると景色がガラリと変わり、幅員の大きな石畳の道がまっすぐに200m〜300mほど伸びていて、左右にたくさんの巨大な針葉樹が屹立していた。先ほど歩いてきた針葉樹林の公道と似ていたけれど、こちらはあくまで寺として手入れが行き届いていて整然としており秩序立っていた。一方、公道の方は、無機質なアスファルトや雑然と密生する草木が在るだけといった感じで、良い場所ではあったが、この境内とは様相がかなり違っていたし雰囲気が違った。何よりも、この自然の中に佇む寺は威厳を湛えていた。

 石畳の道を少し先へ進むと左手に少し下った小道があり、そこを行くと御手洗池(みたらしいけ)があった。平泉寺の名の由来となった池らしい。池は、周りの緑をそっくりそのまま反射していて綺麗だった。アメンボなのか水面に波紋ができるのが美しく、新海誠監督の言の葉の庭を想起させた。特別な何かがあるわけではなかったけれど、私はその池がすっかり気に入った。

 石畳の道からはそのほか幾つかの道に分岐していたけれど、どちらへ行ってもその著大な針葉樹の景色がずっと続いていて、スケールの大きさが今まで感じたことのないものだった。それらの大木の生える地面は、藻に覆われていた。この藻は、白山平泉の寺宣伝などでよく取り上げられ寺の象徴とされる。そして長い年月をかけて形成されたという藻は、とても美しかった。一切人の手で荒らされたようなところもなく、清潔さがあった。私が訪れたその日は、晴れた日だったので、日は照っていたけれど、木々の葉が日光を遮って日光に照らされて暑いということは無かった。ところどころ木漏れ日が木々や藻を照らしていて、反射している藻は真っ白になったりしてひたすらに神々しかった。

 私は、白泉寺を隅から隅まで周るつもりだったので、ひたすら歩いた。足元は、整備されきっていないので場所によっては歩きづらく、足をくじくこともあった。年配の方も来ていたがこの足場や広いこともあって大変だろうと思われた。白山平泉寺は入り口からもずっと東側へ伸びているので、その右方向である南側、樹林を一度抜けたところに中世の石畳という遺跡がありそちらにも行った。遺跡自体はあまり関心が向かなかったが、開けたその場所からの周りの景色は良かった。遺跡跡が野原になっていて、小学校の時の遠足を思い出し、景色も良いしここでピクニックなんかしたらどうだろうなどと思ったりした。寺自体がさらに東方向にある山の麓にあるので、山の樹々がよく見えるのだが、山が丸々針葉樹の群生で覆われていてやはりこれも美しかった。出鱈目にいろんな木が生えている地元の山とは違い、纏まりがあり見栄えが良い。その開けた場所から東の方角、山へと続く坂道を上がると、途中で柵が張り巡らされており全く通行ができないようになっていた。道は柵の奥へと続いていたが、そばに熊出没注意の張り紙があったので、つまりそういうことらしかった。遺跡からさらに南方向に行くと、また針葉樹林に入った。こちらは、寺ではなかったので、建物などもほとんどない。ただし、大杉という相当大きな樹があった。いつからあるのか全く見当がつかないがこれも見ることができて良かったと思う。私がこの旅で唯一思い残していることは、この大杉をもっと見たり、そのそばに居たりしたかったということだ。大杉を見ると写真を撮りたくなって、たくさん撮ったあと、すぐにその場を離れてしまったのだ。人が来る気配もなく、ただ自分1人なのだからずっといても良いはずだった。杉の大木を見たあと、私は、寺の反対側、北へ行った。こちらも南側同様開けた場所になっており、また針葉樹の群生する山々が周りにあった。ただ、こちらは開けている部分のほとんどが田んぼになっていて、さらに柵で閉ざされており北側へ(田んぼがある方)と進むことができなくなっていた。西から東へと寺に沿う形で道が伸びていた。東の山の方へと続く道は、途中から舗装されておらず、そこを少し進むとこちらも柵で道が塞がれていた。これで私は寺とその周りをほぼ見て回ったことになる。私はひとまず寺の入り口に戻った。そのとき御手洗池を経由して二度目の鑑賞をした。入り口付近に戻るとおよそ12時30分ごろだった。私は、13時10分のコミュニティバスに乗る予定をしていた。とりあえず休憩がてら土産を売っているお店や周辺を探索した。結局何も買わなかった。そして時間的に大杉を見る時間はなくなっていた。しかし、もう一度境内の荘厳な雰囲気や壮観だけでも拝んでおきたかったので、早足で境内入り口付近へ行きその寺を最後ギリギリまで味わおうとした。なんというか貧乏くさい感じがしないでもない。そして早足でバス停へ戻りギリギリにバス停に間に合った。13時9分だった。しばらくバスは来なかった。もう行ってしまったのかと心配したが杞憂だった。小さな教習所の送迎バスと同じサイズのバスが来て乗せてくれた。バスにはおばさんが地元の人が2人いた。乗車したのは私だけだった。

 バスは20〜30分で勝山駅に着いた。そのまま待機している電車に乗り込んだ。今度は、良い景色が見られる席に座った。窓から見える景色は勝山駅からの3分の2くらいは山が見えていて、それらの山は私の地元の山より幾分高いようだった。電車では、山が見える間はほぼ景色を見て過ごした。途中、山にショベルカーが乗って作業をしているのを見てどうやってあそこまでショベルカーを運んだんだと不思議に思ったりした。住宅などが多くなると本を取り出し読んだ。行きと同様、乗務員であるアテンドの方がいた。若い女性の方だった。彼女らは、正社員なのだろうか、アテンドには女性しかいないのだろうか。そもそも必要なのかとも始めは疑問だったがそれに関してはのちに明白になった。彼女らは必要だった。このえちぜん鉄道はかなりの駅が無人駅で、切符を買う代わりに電車内で精算する必要があり、その役目を彼女らが負っていた。彼女らがいることで不正防止にもなるのかもしれない。彼女らは終始立っていたのだが、席が空いているなら座れば良いのにと思った。ところでえちぜん鉄道は途中で人がぞろぞろと入ってくることもあったが、すべての人が座れていたし私の座っている4人掛けの席は最後まで私1人しか座っていなかった。


福井駅
 福井駅に着いたのは、たぶん14時30分から15時の間。昼食を食べていなかったので駅周辺のお店で食べることにした。福井駅は、今まで見てきた田舎っぽさは微塵もなく、大きなビルが立ち並び人通りも多くかなり栄えているようだった。駅周辺のお店をいろいろと見て回ったが、優柔不断なためなかなか決められずいた。途中でバーガーキングを発見して結局そこにすることにした。本当は地元だけあるような店にするつもりだったが、バーガーキングは食べたこともなく、見つけたのも初めてで、そしてSNSで話題になるお店だったからどうしても行ってみたかったのだ。頼んだのは話題のボリュームのあるセットではなく、五百円のセットだった。味は、マクドナルドと比べてもさほど変わらない気がした。ポテトに関しては間違いなくマクドナルドの方が好きだ。ただ、この時食べたものは、少し冷めておりあまり美味しくいただけなかったのが残念だ。


福井駅敦賀駅
15時44分ごろの当駅発終点敦賀行きの電車に乗車した。電車ではかろうじて席に着くことができた。疲れもあったので、席の確保はしたかったのだ。席では本を読んだ。しかし、途中睡魔に襲われ、死んだように眠った。深い眠りだった。気づくと垂涎していた。隣に人もいたし、私は恥ずかしかった。

 

敦賀駅近江塩津駅
当駅発の終点近江今津行きに乗車した。敦賀から近江塩津駅へは3駅程度、敦賀から近江今津駅までは6駅程度でこの周辺は細かい乗り降りが多いらしく面倒だった。

 

近江塩津駅長浜駅
乗り換えのために近江塩津で降りると、その駅は寂れていた。駅のホームの幅がかなり狭い。改札までの階段は少し急で長いし、エレベーターもない。改札も無く、駅員もいない無人駅だ。寂れた割には乗り換えのための人が何十人の人が電車を待っていた。一度駅を出、周りを軽く見渡してみると、やはり田舎らしい景色があった。私にとっては良いと思える場所だった。一度このあたりを散策してみたいと思った。しばらくして、当駅発終点長浜行きの電車に乗車した。近江塩津駅の次の駅、たしか余呉駅で大勢の人が乗車した。付近に工場でもあるのだろうか、ブルーカラーと思われる労働者たちの帰りだった。多くの人が席から溢れ立っていた。いつにまにかどこかの女子高生も乗っていた。この電車には様々な人々がいて、独特の雰囲気があった。

 

長浜駅〜最寄り駅
終点の駅で降りると、長浜駅発の新快速が待機しており、多くの人が急ぎ足でそちらに乗り換えた。私も早足でそちらへ行った。新快速にはすでにたくさんの人がおり、できるだけ人が少なそうな車両へ行き、なんとか空いた席を見つけた。私が見つけたのは2人がけの席の窓側に1人すでに座っている席で、その状態の空席が3つ連続してあった。とっさに目に入った席に座ろうとしたが、その横に座る人が横に広い体躯で、体が若干はみ出しており座ると圧迫されそうだった。なので、別の席にしようと次に目に入った席に座ろうとしたが、これは隣が制服の女子高生だった。3つ席が空いているにも関わらずあえて女子高生の横の席を選択するというのは、自意識がアレな私にはかなり困難な選択だった。空席が他にあるにも関わらず若い女性の隣に敢えて座るおじさんと同じことはしたくなかった。残る1席に目をやると、横の席にはおばあさんが座っており、空いた席に一眼レフを置いているのだった。それでは座ることができない、私はそのまま先に進み、それらの空席を一度通り過ぎるしかなかった。そしてその先に空席がないことを確認し、もう一度それらの席の方を振り返った。すると、おばあさんは人が増えてきたことを察したのか席に置いていた一眼レフカメラを片付け始めていた。私は、その席に腰を下ろした。私はすぐにその選択を後悔した。横のおばあさんは、酒を飲み、つまみを食べていた。鼻を突く酒の嫌な臭いがするのだ。まったく失敗だった。こちらを気に留めもせず動くので体にカメラや体が当たるし、おばあさんは歯につまるのか苛立っているのか舌打ちのような音をだすのだった。いささか常識はずれの婆さんが、とにかく厄介そうで一気に気分が覚めてしまった。全く失敗だった。カメラを席に置いたままにしてもらっていたらよかったと思った。そして素直に女子高生の隣に座っておけばよかった。というかすぐにでも移動したかった。一度座って移動しなおすのは難度が高すぎる。結局私にそれはできなかった。私は横に意識がいかないように本を読んだ。
 電車は駅に着くたび人が増えていた。そしてある駅に着いた時、そばに年老いたお婆さんがすぐ横に来て立っていた。さすがにこの場合私が席を代わるのが道理だと思い、立ち上がり小さな声でどうぞと席を勧めると、私は良いのよ、座っててという風に断られた。私は、やり取りを周りの人が見てくるので少しテンパっていて、それ以上勧めるようなことは思いつかず素直に座り直した。これで一応自分のすべきことはしたとホッとした。席を譲るというのは初めてだった。そのあとは、特に何事もなく最寄り駅に到着し、夜になる頃帰宅した。