那須岳(朝日岳・三本槍岳)

 2018年9月19日栃木県の那須岳を登ることにした。2連休の初日、予報によれば天候が良好なため決行。6時自宅を出発。GoogleMapでは2時間程度で着くようだが、実際のところはもう少しかかるだろうと予想していた。カーナビでは行き先の名称が出てこないため付近を適当に目的地に設定した。道は早朝のためか、相当空いており栃木県までスムーズに行くことができた。栃木県と茨城県の県境辺りは木々の合間の一本道を走る。だんだん山も見えてきて関東平野の境でもあるようだ。この辺りの寂れ具合がとても良かった。閑散とした町や営業していないだろうお店がときどき現れる。私が向かう那須岳の登山口は峠の茶屋という名称だが、県境あたりにも峠の茶屋という全く同じお店があった。店はとうに潰れているようだった。周辺に民家等もなく木々の中ポツンとあって、営業していたとしてもわざわざ訪れる人などいないだろうなと思った。ほかにも自然公園の看板があって、その存在は知らなかったのですこし立ち寄ってみたいなと思った。あと一つ、野原一面に白い花の咲いた植物の群生がいくつか見られて綺麗だなと思ったのだけど、柵で囲われていたところもあったから、果実が成る植物を栽培していたのかもしれない。

 車のナビが古すぎて行き止まりにぶち当たったりもしたが、栃木県に入った後も比較的スムーズに行くことができた。男体山に行ったときは道がもう少し複雑で、多少混雑があった気がする。早朝に出ると混雑も回避できるのは大きい。8時頃カーナビに設定した目的地についたが、峠の茶屋駐車場思われる場所がない。調べてみるとここではないらしく、さらに30分先に行ったところが登山口のある峠の茶屋のようだった。結局、30分後登山口に到着した。駐車場は半分くらい埋まっていた。駐車場はすでに標高がかなり高い場所にあって、そこから街全体を見下ろすことができた。そこから山頂もすぐ近くにあった。

8時45分ごろ登山開始。木々の中を登り始めて30分も経たず視界が開けて、正面遠方に避難小屋、右手に朝日岳の全貌が現れる。景色がめちゃくちゃ良い。そして、天候極めて良好では雲ひとつない快晴だった。いままで山を登っていてこんな天気は経験したことがなかった。いつもどこかに雲がかかっていて景色が見えなかったりしたものだが、まるで違った。秋の空だった。岬の茶屋避難小屋に着いて一旦休憩した。平日にもかかわらず人が想像以上に多い。ほとんどが中高年層だった。ここから剣ヶ峰を経由して朝日の肩へ行く。

 剣ヶ峰の側面を進むと先にと鎖場があって、滑落と死ぬなというところで正直怖い。他の登山者は全然そんなふうには見えない。御老体の団体がゆっくりながらも淡々と登っていた。朝日の肩(朝日岳のすぐ下の鞍部)に着くと、木製のベンチがいくつかあって休憩ができる。ここから私は三本槍岳の方へ向かう。

 鎖場にはビビったが、その後は危険な場所は一切なく、登山道も非常にわかりやすかった。それに雲がなくてずっと山岳や街が水平線まで続くのが見えて楽しい。この辺りからはほとんど人がいなくてそれも良かった。人は少ないくらいが良い。三本槍岳へ向かう道中にある熊見曽根は周りより少し高いところにあって景色が良いので、写真をたくさん撮った。

 その後、清水平辺りは色彩の豊かな高山植物が一面に広がっていた。その中に水場があって、そこを木道で突っ切る。この場所は空の中にあるから、それ以外見えるのは全部空で、その情景が素晴らしくて、空中庭園という言葉が浮かんだ。空中庭園というものを知らないけどそれのようだ。めちゃくちゃ良い場所だった。その先は緩い坂で歩いていくと、三本槍岳の山頂に着いた。着いたのは11時10分ごろだった。

 山頂には人が15人くらいの人が休憩していた。山頂からも景色が良いが、正直ずっと良い景色が続いていたので、それとそれほど変わらない。景色を撮ったあと、休憩した。食事をとった。なにも不安なことがないし、考える必要もなくて穏やかな時間だった。幸福のようだった。食事はパンとカロリーメイトだけで山頂で食べるにしてはそっけなく感じたので、次はインスタント麺を持っていこうと思った。

 私は写真に映るのが苦手で、ずっと風景だけ取ればいいと思っていたけど、以前より山頂で記念撮影をしている人たちをみると、ものすごい虚無感が襲ってきてくることがあって、今回からは写真を撮ってもらうことにした。文章も撮った風景も全部、ずっと後からでも参照できる記録として残しているけど、自分が抜けいているのはまずい気がした。自分がしてきたことの一番確かな記録が必要だった。

 この日この登山にあたり、あらゆるものが期待以上のパフォーマンスをしていた。朝も早く起きれたし、道も空いていた。予定も大幅にずれなかったし、余裕を持って行動できた。那須岳は風が強いそうだが、この日はほぼ無風だった。天気はこれ以上無いくらい良かったし、登山道も鎖場以外は歩きやすかった。登山道からの景色はずっとよかった。清水平の空中庭園っぷりも良い意味で想定外だった。考えられないくらい全部が上手く行っていた。

 大変さという点でも男体山に登ったときとまるで違った。今回は全然疲れを感じなかった。登ったというより歩いたという方が近い。奈良県の大台ケ原のときと似ている。標高の高い場所からスタートして、上ったり下ったりしていると三本槍岳まで来れた。男体山那須岳より体力的に過酷すぎた。登山ガイドではどちらも必要とされる体力は同程度とされているのだけど、那須岳男体山に比べたらめちゃくちゃ楽だ。もちろん、今回は早めに行動していたから精神的な余裕もあったことも大きいとは思うけれど。山によってこれだけ違っても、登るまではわからないのだなぁと思った。

 11時50分に山頂を出発、ピストンで朝日の肩まで戻り、朝日岳に登ることにする。朝日の肩までは休憩はとらずに着いた。途中景色が良いので何度も立ち止まって写真を撮っていたのでそのたびに息を整えられていた。朝日岳まではすぐ近くで、5分くらいで行くことができた。朝日岳からの景色が今回見た中でも一番良かった。朝日岳は街の方に近くて、街を見下ろすのに最も適した場所にあった。あとは、駐車場へ戻るだけだったので一気に降りた。駐車場に戻ったのが14時15分だった。

 岬の茶屋の付近は湯本温泉があってせっかくなので入ろうかとも思ったが、下着を持ってきていなかったのと、あまり入る気がしなかったので止めた。全く疲れを感じなかったので、観たかった映画でも見るかと思ったが、観たい映画のその日の上映は終了していたので断念した。どこかに寄りたいとは思っていたが思いつかなかったので、直帰することにする。

茨城県の県に入った辺りの辺鄙な場所に、文書館なる看板があって、思いつきで行ってみた。廃校を利用した施設らしく、閉館しており、市の公用車が置いてあった。*1

*1:全く営業している気配がなかったがその日も開館時間に間に合わなかっただけで市による施設の運営は続いているらしい

男体山

男体山

 6/30男体山に登ることにした。自宅から比較的近く大きめの山だからだ。標高2486m、標高差1200m。伊吹山とも近い。GoogleMapによれば車で片道2時間程度でいけそうだ。それに合わせて起床時間を調整した。

 当日7時30分出発でカーナビに行き先を入力したところ、所要時間が3時間と表示された。既に登山計画通りに行かなそうだった。急ぎ目に車を走らせて2時間30分程度で登山口の二荒神社の駐車場に着いたのだけど、駐車料金500円と事前に調べた駐車料金無料というのと話が違う。受付の人と話すと私の目指していたのはどうやら別の二荒山神社らしく、ここからさらに30分はかかるらしい。完全に準備不足だ。住所を入力してさらに車を走らせると、カーナビにぐちゃぐちゃに曲がった道で小腸みたいなのが表示された。いろは坂というらしい。山を上がる道ので勾配もある。ぐねぐねだしロードバイクで走っている人も何人もいて走りにくく随分神経をすり減らした。いろは坂を登ると山々に囲まれた標高1000mの街に着いた。中禅寺湖というのがあって、大きな山を背景にした湖はとても画になっていた。もう、すぐ近くに駐車場はあるはずだが、カーナビに表示された場所はなぜか行くことのできない森の中を示していて、駐車場に辿り着くまで結局さらに時間を食った。登山口受付についたのが11時で予定がめちゃくちゃに狂っている。登山は冗談なしに死と隣り合わせなのでかなりまずいなと感じていた。安全を考えてやめたほうがよいかもしれないと思ったが、ここまで来てやめるわけにも行かず、最悪登頂できなくて途中で戻ってもよいから行けるとこまで行こうと考えた。

 とりあえず登っていくと、すぐに登山者を発見した。遅くに登り始めた人がいることに少し安堵した。登山者よりも下山者と会うことの方が多く、小さな子供もいた。焦っているせいかスピードを抑えなきゃなと思いつつも早足になってしまう。20~30分たった頃にはすでに汗だくで疲れていた。この調子だと本当に頂上まで行けないかもしれない。しばらく歩くと、アスファルトで整備された道が続いていた。歩きやすく登山ぽくはないが正直大変ありがたい。ここから中禅寺湖が見え、登山者の1人が写真を取っていた。挨拶をして暑いですねと言葉を交わした。登山口でもらった登拝者案内によれば一合目から三合目まで50分かかるそうでとりあえず三合目についたら休憩しようと思っていた。歩いている間、今回の登山つらくてマジでなんで登ってるんだろうと思った。もうバテていた。予定が狂って予定時刻より遅れていることで不安と焦りがあるのがよくなくて、入念な準備めちゃくちゃ大事だなと感じた。遭難したり体調崩したり怪我したりそういうトラブルがあったときことを想定しているので精神的な問題はパフォーマンスに影響がめちゃくちゃ出る。

 すごくつらいと思いながらもう少しで三合目だと思って登っていると、五合目とかかれた石碑が現れた。そこで少し休憩した。あとからわかったが、三合目はアスファルトの道のとこだったらしい。三合目にすら到達できていないと思っていたので五合目に着いたときには、もう五合目着いたのかと気持ちが随分楽になった。時計を見ると登り初めて50分経っていて、そこそこ早く上れているらしい。この調子なら行けないこともないかもしれないと思った。

 休憩を終えまた登り始めた。ひたすら登りにくい道が続く。伊吹山の時と全然違う。アスファルトの道を除いて一合目から足場がガタガタで登りにくくひたすら急傾斜だった。エネルギーを消費してか登っていると、お腹がゴリゴリと鳴る。登山者が何人かいて抜いていった。だんだん険しいガレ場が多くなってきて、手を使うことが多くなる。どこまであるのというくらい急峻なガレ場がどこまでも続いている。もうそろそろ頂上じゃなかろうかと思いかける。そして、ようやく七合目に到着した。時刻は13時だった。

 あまりに腹がゴリゴリとなるので飯を食うことにする。そのときインスタントラーメンの匂いがして他の休憩していた登山者が食っていたのだろうが、その匂いがすごく美味しそうでこんなにインスタントラーメンの匂いが美味しそうに匂ったことはなく、それを無性に食べたくなった。人の言う山で食うインスタントラーメンは絶品という意味がわかった気がした。登山アプリを見るとたしか標高1900mあたりだったと思う。汗をかいてシャツはビショビショだし暑いのか寒いのかよくわからない。水を500mlを三本持って来たが、1本は一気に飲み終えた。もうめちゃくちゃ疲れたしそろそろ頂上だろうと思った。休憩していた若いグループが八合目以降は歩きやすくなるらしいよといっていたのでそれに期待する。13時20分ごろ七合目を出発する。ひたすらガレ場だ。ようやく、ようやく八合目に到着した。

 しかし、その後もずっとガレ場は続いた。しんどい。さらに進む。すると、ガレ場が終わっていた。しかしやったとは思えなかった。そのあとは、手を使わずに歩けるような場所ではあったが、勾配が大きな坂だった。そろそろ頂上だろうと思っていたので期待が裏切られ、歩けど歩けど急な坂が続いてもう限界だった。その途中で2人で登りに来たらしいおばさんがいて、1人が少し遅れていたのだけど下山者にここからあと1時間くらいと言われたようで、私に構わず先に行って!あなたの方が速いのだから!と叫んでいた。下山時刻を考えて私が来なくても降りてきてと言っていた。登山は常に下山のことを考えて動かなくてはならないし、ここまで来て撤退するのはすごく悔しいだろうけど妥当な判断なんだろう。さらに下山者の1人はここから35分と言っていて私はそちらを信じたかった。というかまだ35分も歩かなきゃならないなんて信じられなかった。2人組のおばさんたちを抜いて急な坂を歩いた先には木々がなくなり、赤土の道が現れた。

 木々がなくなったのは明らかに最終局面だし頂上はもうすぐそこだと思われた。ところが頂上がみえずずっと歩く。坂が多少ましになった気もするが今度の地面の赤土はかなり滑りやすいし怖い。歩きにくい。赤土の匂いなのかここら辺は独特の香水のような匂いがした。頂上まであと少しなのは間違いないし、ここまでくれば当然頂上に行くつもりだった。降りてくる登山者も多い。途中気が違ったのか赤土を走って降りる女性がいた。あんなテンションのおかしな女性がいるのだから頂上が近いに違いなかった。その女性とすれ違って10分くらいだろうか、ようやく頂上に着いた。時間を見るとちょうど14時だった。

すごく疲れていたが、鳥居とかよくわからない剣が岩に刺さってたり頂上も歩きまわれるのでいろいろ歩き回った。いままであまり写真を撮る余裕がなかったので、いろんなところから風景を撮った。しかし、残念なことに雲がかかっているためあたり全体を見渡すことができなかった。頂上付近では大学のサークルか何かできたのか若い人の集団がお昼を食べていたり、外国人がいたりした。しばらく歩き回って休憩した。足は途中から痛み出していたし、突っ立っていると少し震えているのがわかる。岩に刺さった剣の近くでおじさんが安倍政権の話をしていた。そういえば伊吹山でもおじさんたちがしていたのを思い出した。二合目終わり、アスファルトの道に出て中禅寺湖が見えたあたりで写真を撮っていて挨拶を交わしたおじさんがきていて、おぉ〜となんだか嬉しいというか、あなたも来たんですねという気持ちになった。なんだか偉そうだけど私はわりと急いで来たし、結構な数の登山者を抜いてきて*1まぁそれは単に自分のほうが若くて体が動くし体力もあるからで、特別体力があるからとかそういうのでは決してない。だけど、かなり最初の方で会ったおじさんが私が到着してから20分くらいで到着したということは私のように登山者を追い抜いて来たんだろうし、通常歳とともに体力や筋力が衰えることを考慮すれば単純にすごいなと思えた。最初の方に会った人とこの大変な道をお互いやって来たんだという仲間意識みたいなのを勝手に抱いていた。ここはせっかくだし挨拶でもするかと思ったけれど、やっぱりできなかった。時間的に無理なら頂上を諦めると言っていたおばさんも頂上に来ていた。よかったよかった。

 14時30分に下山を始めた。滑りやすい赤土は下山するとき大丈夫だろうかと思ったけれど、案外平気だった。急な坂道も踏ん張るのに足の力がいるがなんとかなる。下るのは登るのに比にならないくらい楽だ。登る際は帰りの体力のことや体の怪我について用心しなくてはならないが、体力を残しておこうとかほとんど気にする必要がなく精神的に余裕があるのが大きい。ガレ場になると改めてめちゃくちゃ急だなと思う。怖がりなので慎重に行く。八~九合目辺まではまだ登山者がいて、見たことのない人が多くてたぶん自分より後に登り始めた人だ。自分が抜かして来た人たちはほとんどいなくて、リタイアしてしまったのかなと思った。かなりきつい道のりだから諦める人も多そうだと思った。七合目にいた3人の若いグループとかあのあと結局見なかったけどどうなったのだろう。それにしてもガレ場がめちゃくちゃ長い。こんな長い道のりよく登って来たなと思う。下山となると早く帰りたい気持ちしかなく、体力のことなど構わずに速く歩いた。下山なんて楽だと舐めて歩いていたけど、全然終わりが見えなくて長い。足にマメができた感覚がするし、気圧変化のせいか頭も痛いしへとへとなんだけどもうすぐ着くやろと休憩もせず歩いた。ようやくアスファルトの道に戻るがその後の二合目~一合目がかなり長い。こんな長かったかというくらい長い。そしてようやく登山口まで戻って来た。17時15分だった。

 そのままトイレに行って顔とか頭とかをさっと洗う。さっさと車に戻って着替えてせっかくなのですぐ近くにある中禅寺湖を写真に撮った。カーナビによれば自宅に着くのは21時過ぎになるらしい。行きしなにも思ったんだけど、ここらへんは観光地らしい。男体山に行くと決めた時には全然気づかなかった。男体山は日光の奥にあって観光客が多かったし、間違えて行った有料駐車場のところは日光東照宮のそばだった。男体山は奥日光と呼ばれるその名の通り日光の奥にすすんだところにある観光地のようだ。そしてこの奥日光めちゃくちゃ良い場所で、周りの山が全部今まで見たことないような桁違いにデカい山しかない。登るまでどれが男体山かわからなかった。標高1000mのとこにあるというのもイカしている。とにかく良くてもっといろいろ見たかった。帰り、糖分を多分摂った方が良いし飲み物も無くなっていたので、コンビニでパン菓子とフルーツジュースを買った。そして3時間くらいかけて帰宅した。ここ数年で一番疲れたと思う。体が終わっていた。

 登る前に男体山について二度と登らないと書いていた人がいたんだけど、私も同意見で二度と登るかという感じだ。しんどすぎる。精神的に余裕がなさすぎたのもある。リサーチ不足すぎるのが問題で、予定が狂ったのもあるけど、もっと周辺散策できたんじゃないかというのがあって、名所とされる戦場ヶ原は行きたいなと思っていた観光地だったので近くにあるとわかったとき勿体無いことをしたなと思った。山なんて登るかと思ったんだけど既に思い出補正されてるっぽくて、登るの悪くないなと感じている。正直何にも楽しくなかったのになぜ… ?

 

余談とか感想

帰ってから男体山でサーチすると、登山した人の情報があって、

 

これ発見して化物かと思った。あの過酷な登山の後、観光楽しみすぎてしょう。本人はなんとも思ってないようだけど、私から見たら狂気の沙汰だ。そして男体山を長距離ランナー川内選手もトレーニングで登ったことがあり往復で1時間30分らしい。同じ尺度のもとだとすごさがよくわかる。*2

*1:抜いて来た登山者のほとんどが私より歳が上で、すれ違った登山者でもっとも多いのが40~50歳くらい方という印象がある。

*2:

名峰男体山・奥日光方面単独トレランにチャレンジ! - ★未来への躍動!! アルプス・ハリー 体験 Report - Yahoo!ブログ

5/3live

 5/3ドライブイン茂木で行われた、いろのみのライブに行った。

その日はゴールデンウィークの祝日だったが、勤務先に祝日はないので仕事終わりに向かった。退勤して向かうにしても間に合わないことが確定しているので、予約の際に遅れる旨を伝えておいた。

仕事を終え、自車に乗り込むが会場であるドライブイン茂木の場所など知らないので、カーナビに住所を入力したが、どういうわけか茂木町という住所がカーナビに登録情報として入っていなかった。嫌な予感はしていたのだが、やはり大事な時に限っていつものこういうことが起きる。前もってカーナビに入力して試さなかった自分の準備不足でもあるが。結局スマホGoogle Mapを起動して地図情報をカーナビと照らし合わせながら、行き先となる道路を選択した。しかし、次はカーナビのルートガイドがGoogle Mapとずいぶん違う。Google Mapの方がよほど信頼できるので、そちらに合わせる。しかし、途中道を間違えたらしく、逆方向へ出てしまっていることに気づく。急いで道を引き返したが、もうこの時点で2、30分ロスしていた。車いままでで一番急いで走らせたと思う。間に合わないことが確定しているのにさらに遅れるとなるとほとんどライヴが観れないかもしれない。予約をしているので、今更帰ることもできない。会場に来た時には真っ暗になっていた。そのせいでどこがドライブイン茂木なのかわからなかったが、煙がもくもくと炊かれているのがすこし見えたし、車がいくつも並んでいる場所もあったので、適当に止めた。仕事服だったので車内で急いで着替えた。辺りは真っ暗なので着替えても問題はなかった。

 

会場はもともとカフェだそうで外観は1階建の民家のようだった。外に設置された受付には誰もいないが、後ろから男性に声をかけられ、予約の方ですねと確認され、あとで代金を支払ってくれればいいと会場に通された。会場といっても暖簾のように布で仕切られているだけの仕切りのない構造だった。だから会場からの音が外からもよく聞こえる。会場内に入ると電気が点いておらず暗がりで、ろうそくがいくつか立って非日常的な雰囲気があった。会場は部屋くらいの規模だ。壁にかなり大きなキャンバスに破顔した人々の似顔絵が30ほど飾られているのが目についた。前方に長椅子が用意され観客で埋まり、その後ろにも客がいて、全部で50人はいそうだった。思ったよりずっと多い。入ったとき19時15分頃で、開演が18時30分だったので45分は経っている。ちょうど演奏が終わり、いろのみのメンバー磯部氏のMCが始まった。ここで演奏することができて嬉しいといったような内容だった気がする。MC中に、あまりに急いで来たので、自分が着替えの際に車の座席下に敷いている座布団をボトムスの後ろにに引っ掛けてしまっていたらしく、四角の尻尾をつけたみたいな、不思議なファッションをしている人のようになっていたことに気づいた。そのくらい焦った状態だったので、MCの内容はあまり覚えていない。正直急いで来たので早くたくさん演奏してくれという気持ちだった。

 

そして次の曲はこの場所にあった即興をやるということだった。演奏は期待通りで素晴らしかった。ピアノの音がやはりいろのみで、何がなのかうまく表現できないのだけど、倍音というかコーラスというかすこしエフェクトのかかったような音がした。それがいろのみだからなのか、この会場に設置されたピアノの特徴なのかはわからない。磯部氏はMacをいじっているが、全く手元は見えない。逆再生音などがしていた。柳平氏もこちらに背を向けいているので手元が全く見えない。続いて2曲目では磯部氏は、ギターのような形の楽器を弾いていた。曲名はわからない。それが終わると最後の曲だというのでもう終わりかと、悲しくなった。最後の曲は田園。そのころにはリラックスして聴くことができた。曲の途中、ろうそくを灯していたアーティストの河合悠氏が点いていたろうそくを次々と消していき、ついには真っ暗になり、これで演奏できるのかと思ったが変わらず続いた。一度終わり、アンコールでもう一度演奏なのだが、柳平氏が真っ暗だと手元が見えないというので、結局電灯をつけた。そうだよなと思った。曲はあっという間に終わった。本当に終わってしまった。時間は8時頃だし妥当だと思う。でも4曲しか聴いてない。曲はよかった。ほんと曲はよかったけど短い。もっと聴きたかった。悲しい。複雑な気持ち…

 

CD音源とライブとの違いを語るのはありきたりなんだけど、今回の演奏会の場合即興性とか一回性が顕著だと感じて、例えば会場の内外に客がいて外からの声も聞こえる。中には子供も多くて、会場内外の子供の声が演奏中に聞こえてくる。会場内で母に抱かれた子供が動いて鎖のようなものが擦れるサラサラという音がする(これは結構良い音だなと思った)。それとか会場の場所が自然に囲まれた場所にあるのでカエルがゲコゲコと合唱しているのが、結構な音量で演奏中でもずっと聞こえるし、会場の外では焚き火をしていてその匂いがしていた。その日降り続いていた雨がちょうどあがって、特有の湿度があって少し寒いくらいの温度になっている。そうやって演奏にはいろいろな情報がひっついてきて、その場の生の音や音以外の情報でさえ演奏と共に情報として入って来る。それらは演奏と一緒くたになって入って来て、演奏はそれらを全部演奏の一部にしてしまう。この種の音楽は特にそういうことができるというか、得意だ。そんな演奏はこの一回だけなはずで私や観客はそれを聴きに来ているということと、それがこの演奏会が一回きりであることらしさでもあるのだなと思ったのだった。

 

ライブに行く人はいつもそういうものを感じているのだろうか。そういうものに価値を置けるというのはとても豊かだなと思うけれど私がそこに価値を感じているかというと、正直頷けない。少なくともいままでそういうものには重きを置いてこなかった。むしろ好きな音楽家のライブに行くこと、それ自体が目的になっているんじゃないかと感じることが少なくなくて、それをライブ終わりに強く感じることが多かった。その一回限りの演奏に、CDよりも高いライブにCDを聴くのより充実した、大事なものを得ているのだろうか。大事なことなので断っておくけれど今までライブに行って行かなきゃよかったぜと後悔したことはない。だけどその一方でもやもやも感じている。その辺は少し難しいんだけど、目的はもちろん演奏を聴くことで、だけどその生演奏に「生演奏だからこそ」の何かというのを私はあまり感じられていなかったなと思う。深い意味を考える必要はなくて私は単に、ライブに向いてないのかもしれない。例えばフェスが好きだという人はたぶんこんな変なことを考えたりはせずフェスそのもの、屋台とかお祭りみたいな雰囲気とか会場そのものとかキャンプとか非日常的な空間を楽しんでいるんじゃないだろうか。もちろんアーティストのパフォーマンスも楽しみの一つなんだろうけど、その演奏に一回性だとかを求めてはないんだろう。価値とか意味とかとかを気にしすぎて視野が狭くなっている可能性だってある。そもそも音楽が好きな人でもライブは苦手ということもあるだろう。そういえば、坂本慎太郎はライブに行かなくてCDを聴く方が好きと確かソロの2ndアルバムの時のインタビューで言っていた。こだわって作られたCDの完成度に価値を置いているからとかなんとか。スクエアプッシャーはもっとすごくてライブは全く行かないとも坂本氏は言っていた気がする。そういう話が印象に残っているのが私があれこれ考えてしまう理由の一つかもしれない。

 

演奏が終わると、主催者と思われる方が壁に飾られた画を描いた笑達という方を紹介した。ここにあるのは笑達氏がある小学校の卒業の記念として描いたものだと語っていた。飾られている画を描いた経緯はドラマチックで知らないところに人には人の人生があるのだななどと感じた。

 

カフェがオープンして、観客がそのままカフェの客になりにぎわう。いろのみの2人もすぐそこにいてよく見るライブ後の社交をしている。こういうとき、アーティストに声をかけるのはタイミングと勇気が必要だが、ダメだった。そして周りの人はみんな複数で来ているみたいで、疎外感が大きかった。カフェで飯を食うぞと思っていたが、他の人たちもそう考えているらしくて混んでいる。手持ち無沙汰でただただ疎外感があった。ものすごい長い時間待った後、受付に最後に並んでいた自分の番になり、1000円の皐月プレートというものを頼むが(食事できるのはそれしかない)、ちょうど用意が尽きて、時間がかかる言われ2、3分でできると言われた。2、3分というので待っていたが、この時間も疎外感がすごい。みんなそれぞれ、楽しく談笑している。ライブの関係者、このカフェの知り合い、みんなお世話になってますと挨拶に回っていて誰もかれもが関係者だった。それに2、3分と言われたのに2、3分どころではなくてかれこれ10分くらい待たされている。この時間やることがなさすぎて、延々と疎外されている。スマホでもいじれたら良いのだが、運転中Google Mapをずっと開いていたせいかバッテリーがほとんどなかった。ほんとうにつらい。2,3分でできると言った人をちょっと恨んだ。やっぱりライブのこういうとこ嫌なのだと改めて感じた。ようやくできたという皐月プレートを運んでもらい、席は5つくらいしかないので相席で頼むと言われた。女性が2人で食事しているところに通され相席となったが、食べ始めたときには2人はすでに食べ終えていたのですぐに席を立った。でかいテーブルに1人になる。ほかのテーブルはどこも6人がけなどして混んでいるのに、1人なのが滑稽で笑った。夕食にと考えていた皐月プレートは、お洒落なカフェによくありそうなお洒落な見た目だった。素材の味を活かした料理が目立つ。味付けなしの素材の味を活かした玉ねぎやトマト、薄く一口サイズに切られたフランスパン2切れなど。正直1000円にしてはあまりに少ない量だった。お洒落な料理は普段頼むことがないのだが、量や味を知り、なんだかさらに悲しくなった。

 

食べている途中、3名の客が相席する。彼らも関係者だった*1。彼らの話がいやでも入ってきて、それによると音楽好きには有名な音楽家と一緒に仕事をしているようだった。小規模ライブにいる関係者感のある人々というのはだいたい、芸術系の学校やその繋がりで発生するのかもしれないと断片的な情報から推測できた。私が食べ終え、席を立つ時に「どちらから来たのか」と尋ねられたのがきっかけでほんの少し3名の方とお話をした。声をかけてくれた真正面に座っていた方には救われた気がした。話にいろのみやharuka nakamuraといった名前が挙がり、私がKITCHEN. LABELを聴くというとすんなりと伝わってビビった。KITCHEN. LABELがさも知っていて当然のように通じることがあるだろうか。なるほど、こういう単語が通じる相手といるのは相当心地よいだろうなと思った。関係者感のある人々が発生する理由をなんとなく得られた。関係者感のある人と関係を結べば派生していくのも、そういうコミュニティが芸術系の人々の間で発生するのもうなずける。

 

しかし、ほかにどんなアーティスト名を出せばよかったのかわからなくて、知らなかったらどうしようとか、そういうのがまず先行してKITCHEN. LABEL に近いNATURE BLISSも好きだなと思って言おうと思ったが、NATUREがネイチャーなのかナチュラルなのかわからなくなり、断念した。もし間違っていたら恥ずかしいので。そしていろのみとくればzmiもすきなのだが、zmiをずみを読めばいいのか自信がないのでこちらも断念した。flauなら通じそうだと思って出そうかと思ったが読み方はフラウでいいのか?本当に良いのか?とよぎり、さらに断念した。マイナーな音楽あるあるかもしれないが発音することがないので、発音や読み方がわからないということが本当に多い。そのためKITCHEN. LABELの名前しか出さず、おそらく相手は他にどんなのを聴いているのかを自分に尋ねている様子だったのだけど、私が言うのを出し惜しみしたような形で会話が終了してしまった。のちに1人でずっと反省していた。反省中はたくさんのアーティスト名が浮かんできた。皐月プレートを食べたあとは帰宅するだけだった。私はたくさんの女性と輪になって談笑するいろのみの2人を横目に会場を後にした。 

 

*1:彼らがどういう関係者なのかはプライベートでの会話ということもありここでは差し控える

日帰り熊本旅

2018年2月20日火曜日、熊本の日帰り旅をすることにした。

旅を思いついたのは前日で、その時はどこを観光するかすら決めていなかった。まずは、九州を旅するにあたり、3日分九州鉄道が乗り放題となる「旅名人の九州満喫きっぷ」を購入して旅をする事にした。

熊本駅を拠点に九州の他県へと行こうと思っていたのだけど、とある小説*1南阿蘇鉄道を使った旅が描かれていたのに触発されて、私も南阿蘇鉄道に乗る計画を考えた。ところが調べてみると、南阿蘇鉄道高森線の立野駅南阿蘇水の生まれる里白水高原駅間は2016年の熊本地震の甚大な被害で運行をしていないらしく、熊本駅からのアクセスが困難だと判明した。よってその他の鉄道を使った旅をする事にする。

といっても九州の観光地なんてハウステンボス太宰府くらいしか知らないし、そもそも私は有名な観光地に行くことに一切の興味がない。私は、人が少なかったりいなかったりする街や自然が好きだからだ。観光雑誌に目を通したが、やはりいまいちだった。ただ、私が知っているスポットとして夏目友人帳の聖地・熊本県人吉市がある。詳しく調べると、行けそうだ。そして、人吉市はよく知られた温泉街らしく、聖地巡礼をかねた温泉巡りができる。という事で人吉市に行く計画にした。そして当日、その計画を地元の人にすると、肥薩おれんじ鉄道の車窓の景色が良いと勧められ、予定に組み込む事にした。

 

熊本駅八代駅海浦駅

初めはJR熊本駅から肥薩おれんじ鉄道に行く。9時40分ごろ熊本発の鹿児島本線下りの普通列車で終点八代(やつしろ)駅へ。固定式クロスシートで2両編成。人は少なく2人席に座った。終点まで人が全員が座れる程度に空いていた。40分ほどで八代駅に着くと、肥薩おれんじ鉄道に乗り換え。鹿児島本線肥薩おれんじ鉄道も電車の本数は、1時間一本程度しかないが、ちょうど数分後におれんじ鉄道の八代駅発電車があり乗り込む。本来は車両の手前にいる駅員に行き先を伝えて切符を購入するようだ。一両編成のワンマン列車でセミクロスシートロングシートの端に大きなくまモンのぬいぐるみが堂々と座っていた。私は進行方向に向かって右のボックスシートに座った。こっちでなければ海岸沿いの景色をしっかり見ることができないからだ。向かいの席にはおじいさんがすでに座っていた。

肥薩おれんじ鉄道の見所は海岸沿いから臨む海の景色で、特に鹿児島に入ったあたり(八代駅発の列車では後半になる)らしいが、そちらまで行くと人吉に行く時間がなくなってしまう。おれんじ鉄道が出している見所案内では熊本の肥後二見駅肥後田浦駅もおすすめというので、それを見て適当に降りて折り返すことにした。鉄道が走ったのは人里を離れた辺鄙な場所だった。しばらく鉄道が走ると海が見えた。車窓が大きいので視界の開けた広大な景色を拝むことができた。水平線が目の高さにあって、空と海だけの景色だった。空は晴れていて雲が少なく、薄い青色をしていた。海は穏やかできらきらと日光を反射していて淡く美しい色をしていた。湖南の琵琶湖の水の場合、もっと濃く黒っぽく見えるのでこれほど見え方が違うというのは知らなかった。水平線は当たり前なのだが完全に直線だった。その水平線が美しくて見惚れた。向かいに座るおじいさんもずっと車窓の景色を眺めていた。いつも見ているんだろうか。電車の進行方向右手にはときおり海が、左手には森が続いて、鉄道沿線に古民家がまばらに点在する。そして海が見えなくなって私は海浦駅で降りた。

 

海浦駅で降りたのは僕とおばさんの2人で、降りるときは列車前方の運転手に切符を見せて下車する必要がある。駅はどこも無人駅なためだ。降りると遠くに海が見えて、海の手前で目下には住宅地があり、後ろには山がそれを囲むように鎮座している。とても画になる景色だ。駅が街よりも高い場所にあって見下ろすような場所に立地しているのは珍しいのではないだろうか。駅にはホームや改札は当然ない。様々な方向にある道と曖昧に接続していた。折り返し電車までかなりあるのでまずは海と反対側、山の方へ行ってみる。すぐに分かれ道にぶつかるので、まずは左の坂道の方へ。行くと斜面に果樹園があり、運搬用と思われる自家用モノレールがいくつもあった。坂道はやがて木々に覆われ、この先は山道がずっと続きそうなので折り返し、先ほどの分かれ道のもう片方を進む。こちらも先程と同様の小さな果樹園がある。緑に囲まれた山の中にいる気分だが、さらに進むと交通量の比較的多そうな道路がコンクリートの柱で支えられ、上方を横切っている。その奥は何もない山の中だが、道はやがて大きなUカーブを描くように駅の方へ折り返す。途中土砂崩れの注意書きがあった。結局この道は海沿いにあった住宅地に繋がっており、駅にもやんわりと接続していた。

私はそのまま住宅地を歩いた。これと言ったものはない。神社があるくらいか。お店も自販機も一つもない。海岸沿いの道に行くと、景色が大変美しかった。だからかなりの時間海岸近くで過ごした。海岸近くに芦北海岸県立自然公園という看板があったのでその奥へと行ってみたが、公園はなく山の方へと続く道があった。途中、「おわあ!」と驚いた声がして、向くと畑作業をしているお爺さんがいた。よほど珍しいのだろう、爺さんに何してるのかなどを訊かれた。そして私もこの先はどうなっているかを訊くと、景色も見えない森の中だというので引き返すことにした。その後も地元だという2人の年配の女性に会い、お店や良い景色が見れる場所を尋ねたが、この街にはないという。たのうら御立岬公園駅近くの御立岬公園には展望台があり、綺麗だという。この街から見える海も充分綺麗だと思うが。

駅に戻るときに気づいたのだが、この街では人とすれ違った時に毎回挨拶をするのが当たり前らしい。すれ違う人はみんな挨拶をしてきた。挨拶を自分からしない自分が恥ずかしく思えた。本当に小さい街だからみんな顔見知りみたいなもので、そういう習慣が身についたのかもしれない。なぜなのかは重要じゃないけど、この街は素敵だった。この海浦散策は、想像した以上に素晴らしいものになった。お店などはどこにもないけれど、海と山がすぐそばにあってこの街は景観が良いし雰囲気も良い。この駅で降りたのはほとんど直感でしかなかったけれど、正しい選択だったなと思う。

 

 海岸近くで時間を潰したのち、13時20分の八代駅行き電車に乗った。そして微睡んでいる間に八代駅に到着した。14時到着で肥薩線人吉駅行きの電車は14時40分発なので、駅に併設されたファミマでおにぎりと飲料と購入する。八代駅周辺は特に何もなかったので歩き回ることもなかった。すでに停車している人吉行きの電車でおにぎりを食べながら時間を潰した。電車は一両編成ワンマン列車、前方半分が全てボックス、後方がロングのセミクロスシート。降車の際は運転手に切符を見せるタイプだ。席は充分に空いており、地元の人はボックスシートの向かい席に足を伸ばしてくつろいでいた。右側の席は日差しがあったので私は左側のボックスシートに座った。

 

八代駅人吉駅

八代駅を出発して3駅ほどは右の車窓からの風景が見え、左は壁の風景が続く。その後はそれが逆転して左側からずっと景色が楽しめる。この景色が物凄くよい。肥薩線は人吉に行くまでの間に、山間を縫うように走る。文字通り山間で、全方位を山が取り囲んだ風景が続く。列車は、左下方向に山間を通り抜ける川に沿ってもいる。当然のごとく各駅無人駅で、駅周辺には何もない。駅以外は家すら見当たらなかったりする。今までみた中で一番、何もない場所だった。でも民家は少しあって、どうやって生活しているのか想像がつかない。山の中だから肥薩線の多くが秘境駅に数えられている。どこかで降りて散策してみたいと思わせる良いところだった。

人吉駅に近づくと、列車は山間を抜け平地に出た。そこからは住宅も多くなり、降車する客が増えた。15時53分に人吉駅に到着。駅を出ると、山間とうって変わってしっかりと(?)街並みが広がっていた。温泉について尋ねようと観光案内所に行く。温泉についてのパンフレットと、夏目友人帳の手作り聖地巡礼マップ、夏目友人帳のスタンプカードをもらった。聖地巡礼マップは配布を終了したので、手作りしているらしい。

どこへ行くかは決めていなかった。聖地マップをみても5期の何話で誰々が遊んだところというような記述ばかりで、スクショ等はなく(版権の関係で仕方ないが)イメージがまったく掴めない。 だから本当になんとなくで、行き先を決めた。まずは人吉駅を出て左方向へ。聖地鍛冶屋町通りを目指す。しかし、鍛冶屋町通りが出てきた場面は全然わからない。鍛冶屋町通りは飛ばして、水の手橋へ。橋近くに聖地があるらしく、行ってみたがここもよくわからない。そのまままっすぐに歩いて胸川の聖地へ。しかし、ここもよくわからない。構図もわからないので適当に写真を撮ってみる。すると、自転車に乗った若いお兄さんがこちらを訝しげに見ながら通り過ぎて行った。恥ずかしい。そして、近くに田町菅原天満宮という聖地(こちらもわからない…)があるので行くと、住宅地にひっそりとその小さな小さな神社があった。土地は一軒家の半分くらいしかない。しかし、痛絵馬がたくさん掛けられていた。鐘をならす鈴紐にはニャンコ先生のぬいぐるみがつけられ、拝殿には夏目友人帳探訪帳というファンがメッセージを書き込むノートと、スタンプ、たくさんの筆記具、痛絵馬があった。夏目友人帳探訪帳は、最新のものが弐拾壱(21)冊目で、それまでの探訪帳も積まれていた。ペラペラとめくると日本語だけでなく、中国語、韓国語、英語も多くあった。中国語の書き込みは日本語の次に多かった。全体の2〜3割は外国語だった。私がここを訪れたのが夕方なのもあってか、周りに巡礼者と見られる人はいなかったが、私が来た日にも巡礼者が2人くらい書き込んでいた。こんなめちゃくちゃな田舎で人が全然いない場所にたくさんの人が来て書き残していっているというのはとても興味深い。アクセスの容易ではないこの場所に日本各地だけでなくアジアや欧米から、誰かが訪れて書き込んで、他の誰かに読まれてはまた書き残す。知りもしないたくさんの人の探訪は地元の方の厚意で用意されたこのノートで確かに見れて、そうやって積み重ねたものを前にしてつい感傷的になった。探訪帳があることは知らなかったし、この神社がアニメでどのように登場したかもわからない。ここに来たこと自体は単なる偶然だったが、ここに来られたことただ一点で今回の訪問にはすっかり満足した。この神社に来るためだけでも、人吉に来る価値はあると思えるくらいの場所だと思った。勿論私も探訪帳に記入した。神社を後にすると、その奥にまた聖地があるらしく、行くと塀から屋根までブロックでできた小さなバス停があり、これかなと適当に写真を撮った。しかし、あとから調べてみると、バス停や川はどこも見当違いな場所を撮っていたということが判明した。

 

日が傾き始めているので聖地巡礼を終え、温泉に向かった。人吉は温泉街なだけあって何十もの温泉施設がある。どこに入るかたいそう時間をかけて結局適当にいわい温泉という外湯へ行った。施設は職員がおらず券売機で入浴券を300円で買い、受付に置いておく。ほとんど地元の常連が利用しているようだ。この温泉は露天風呂もあるが、冬期は内湯一つしかやってないらしい。風呂には2、3人の常連がいた。お湯はどうだったかについては、評価できるほど経験と知識がないのでわからない。普通のお風呂だったというのが正直な感想だ。でもたまにはこうして外で温泉に入るのも良いなと思えた。温まった体で、帰り道を歩くのは心地が良い。温泉を出たのは18時40分ごろ。もう、あたりは暗くなっていた。そこから人吉駅に戻って帰るが、次の帰りの電車は19時40分ごろだ。駅までの一本道をただ歩く。車の交通量はそこそこあった。時間があったので途中、コンビニにてチョコモナカジャンボを購入した。しかし、食べてみるとこれなら迷っていたファミチキの方がよかったなと思った。

 

帰り

 人吉からの電車には、帰宅する高校生とその他の乗客がボックスシートを1人ずつ贅沢に使っていた。途中で乗車する客は1人もいなかった。車窓からは何も見えない真っ暗だ。眠るかと思ったが眠気もないので、読書をした。八代駅に着くと20分ほど待った後、21時11分発の熊本方面行きに乗り換え。10人程度の乗車を待つ客がいた。列車は2両で熊本から乗った時とは違いロングシート式。熊本に着くと22時を過ぎていて、地元にしかない飲食店で夕飯を食べようと思ったがほとんど閉まっており、駅のモスバーガーで済ませた。その後、熊本市電に乗って帰るのだが、市電には時間によらず多くの客がいて、中でもスーツケースを持った客が目立った。この日の旅はこれで終わりだ。

 

乗り放題切符を購入しただけあって、随分欲張った旅だった。濃い1日だった。過密スケジュールだった。そして特にリサーチすることなく海浦も人吉も選んだが、行ったことを満足できる良い場所だった。ほんとうによかった。日帰りでも旅というのは良いものだ。後悔は先に立たないが、もっと早く旅することや山を登ることの魅力に気づいておけばよかったなと思わずにはいられない。

ちなみに移動費用だが、

熊本駅海浦駅 1490円

海浦駅人吉駅 1860円

人吉駅熊本駅 1820円

熊本市電 170円

計 5340円

旅名人の九州満喫きっぷは一回あたり3600円なので、通常より1740円安く済んだことになる。

*1:柴田よしき『愛より優しい旅の空』

関西日帰り鉄道旅

 2018年2/14(水)

冬の関西1dayきっぷ3600円を購入して、日帰り旅をした。

綿密な計画は立てていなかったけど、奈良の万葉まほろば線(桜井線)には乗ろうと考えていた。まずは、京都駅構内にある近鉄京都駅に乗り、奈良を目指す。

京都から奈良へと続くこの近鉄京都線は、何度か乗ったことがある。就活のとき、奈良のライヴを観に行ったとき、このブログでも紹介した大台ケ原へ行ったときなど。この線は、奈良を南へまっすぐ突っ切る。平地がひたすら続き、遠くの方に微かに山が見える。どの駅も寂れているわけではないが、都市感もない。乗客も多いようで、だいたいの時間帯で立っている人がいる。

これから行く先のルート調べてみると、近鉄線だとJRの桜井線に直接乗り継げないことが判明した。どこかで近鉄線を降り、歩いてJR線に行かなければならない。私は、近鉄大久保駅で下車し、徒歩10分もないJR新田(しんでん)駅へ向かった。新田駅に向かう道中には、住宅とお店が密集していた。取り立てて何かがあるわけではなかった。しばらく街をぶらつき時間を潰した後、奈良駅行きの普通電車に乗った。車内は空いていて、2人席を確保した。新田駅から奈良駅までの区間の車窓は、だだっ広い平地が広がる風景が続いていた。

JR奈良駅には11時半ごろに到着。ホームに降りると電車に同乗していた外国人に質問をされた。簡単なので質問だったので応えられた。Thank you.と、はにかんで言われたので、こういうときなんていうんだっけと少し間をおいてYou're welcome.と言った。笑顔を作ろうとしたが、作れていたかは分からない。表情筋は大事…….。

JR奈良駅から万葉まほろば線(桜井線)に乗り換えるのに少し時間があるので、奈良駅周辺を歩いてみた。周辺にはビルが立ち並び、賑わっていた。福井駅に少し似ている。記憶はあまり当てにならないけど福井駅の方が活気付いていた印象がある。

万葉まほろば線(桜井線)の電車は、2両編成の対面式だった。人が間を置いて座れる程度には空いていた。先ほどの外国人もいた。次の京終駅で降りるらしい。

桜井線は、ワンマン列車の運行だった。始発と終点以外は、先頭を走る1両目のドアのみが開閉し、2両目に入るためには1両目に入り、連結部のドアを通る必要がある。私はワンマン列車は初めてだった。桜井線は、奈良の奥地を走るので物凄い田舎を通るのではないかと思っていたが、そんなことはなく、車窓からは田畑と住宅、山がずっと続いていた。降りてみたくなるほど田舎だと思う場所はなかった。私の乗った車両は桜井駅行きだったので桜井駅で一旦下車する。桜井駅周辺には目立ったお店などはなかった。東進があったくらいしか覚えていない。車の通りも多くない。適当に散策すると、駅近にボロボロに寂れた小さな商店街跡があった。違法駐車禁止のポスターが貼られていたが、原付や自転車がたくさん違法駐車していた。さらに歩くと、小さなお店にサクライクエストと書かれたポスターを発見した。これは田舎の町興しアニメ、サクラクエストのもじりにちがいない。なぞときイベントのポスターらしい。この片田舎でサクラクエストのパロディを見るとは思わなかった。この街でイベントはちゃんと上手くいくのか想像すると不安である。

次は奈良駅から来る和歌山行きの電車に乗る。こちらも2両編成の対面式。降車する客が多く座ることができた。桜井線は桜井駅で終わりではなく、高田駅まで続く。高田駅和歌山線にも属していて乗り換えの必要はなく、列車の折り返しがあり、私が乗っていた先頭を走っていた車両は2両目になった。

和歌山線は30駅もあり、高田駅から和歌山駅まで2時間かかる。20駅近くが無人駅らしい。電車の本数は1時間に1本から2本。車内も人がまばらだった。途中下車しようかと思ったが、電車の本数や昼食を取れる店がなさそうなのでぐだぐだと降りられずにいた。車内からは山間部の田舎の景色が楽しめた。山が近いし、ずっと電車に沿って続いている(正確には線路が山に沿ってできたのだろう)。この景色からは福井県えちぜん鉄道の車窓が思い出された。私は北側の席に座り、主に南側に見える車窓を眺めていた。そちらのほうが眺めが良いので途中反対側に座り直したのだ。南側の景色には興味深かったことがあって山には、途中建物が点在していることが多かった。山自体木々が生い茂っていないらしく、伊吹山のようだった。そのため建てやすかったのだろう。私は寝たり、降りる駅を決めかねたりぐだぐだと降りられずにいた。和歌山駅に近づくにつれ人が増え、だんだん街の中心に近づいていた。どこかで降りようと決めていたが、降りる気もなくなってしまい結局そのまま和歌山駅に着いた。

和歌山駅は、そこそこの賑わいだったが、福井駅奈良駅のビルが立ち並んだアーバンな雰囲気はなかった。福井駅と同じで駅が雑居ビルと併設で、その建物はMIOというらしかった。とりあえず、和歌山駅周辺を歩いてみると、居酒屋や飲食店、人気のない商店街があった。また、傘専門店があり、入ってみると店主が接客してくれて、200年続く店和歌山唯一の専門店だと教えてくれた。傘を開いて見せてもらったが外観は普通の傘と変わらなかった。多くは2000円代の傘で、それらは中国製だそうだ。日本製もあるがお高いという。店主には申し訳ないが、買う予定がなかったのでそのまま店をでた。

どこかで昼食をとるつもりだったのでぶらぶらと歩き、結局雑居ビルMIOの地下のラーメン屋、丸美商店で中華そばを注文した。箸や水を入れたやかんと一緒におにぎりやたまごが置かれていて、会計で自己申告するらしい。私好みの細麺だった。私は食にそれほどこだわりがないのでラーメン評はしないが、チャーシューが特に美味しかった。

 

和歌山から大阪駅までの阪和線に乗る。大阪までは1時間30分かかる。以外と長い。席は右側に2人席が一つ空いていたので座った。左側は1人席だった例のごとく窓の外を眺める。初めは、自然に囲まれた場所を通ったが、その後はほとんど街の景色が続いた。だんだん会社員や学生で混み合う。隣に座った会社員がPCを開いて仕事をし始めて私までしんどい気持ちになった。阪和線は、海沿いにあるので、左側には海が見えるのかと思ったが全くみえなかった。だんだん暗くなり、景色も見えなくなる。

大阪駅に着くと、帰宅ラッシュの人ゴミでいっぱいだった。何かしようかと思うが、何もすることはない。何度も来たことがあるし見回る必要もない。大阪から京都方面行きの電車に乗るが、帰宅ラッシュが嫌なので新大阪で一旦降りた。といっても特にやることがない。適当にふらついてからまた京都方面行きの電車に乗って帰路ついた。

 

総括

こうして書いてみると、電車でぐるっと関西を回っただけの面白みのない移動のようだが、電車に乗って移動するのは楽しかった。いままでは移動手段でしかなかった電車の移動を楽しいと思えたのは一つの成長できっかけは鉄道旅の小説だった。ただ乗って遠くまで行くこと、寝てもいいし、景色を眺めても、何も考えなくてもいいという発想を本から得た。その考え方は豊かだし今回実践してみてとてもしっくりきた。今回はもっと和歌山線で途中下車して散策するつもりだったがそれができなかったのが残念だった。私の場合列車からの景色を眺めるのは結構楽しい。特に自然や田舎を走るえちぜん鉄道北陸本線米原敦賀間、湖西線の湖北側、和歌山線あたりは好きでこういう景色をもっと知りたいし、実際に降りて歩いてみたいと思う。和歌山線で降りられなかったのがただ一つ残念だったが、悪くはなかった。もっと旅をしてみたいと思う。

 

 

 

 

伊吹山

 伊吹山に電車とバスで行くことにした。朝、乗車を予定していた電車が5分遅れた。これにより乗り換えに2分しかない米原駅での乗り換えができなくなるかもしれないと心配した。しかし電車の本数が少ないので、遅延を考慮し乗り換えの電車の出発も遅らせるだろうと考え5分遅れの電車に乗った。もしそうでなかったら、この日の登山計画自体が白紙になっていしまうから心配ではあった。9時20分ごろ到着。乗り換える電車はやはりまだ出発させずに通勤する人たちを待っていた。米原駅から近江長岡駅へ2駅で到着。改札ではICOCAは使えないと言われ現金で支払う。駅からは伊吹山登山口行きの9時45分のバスに乗る。このバスに乗るのは、私ともう一人登山の格好をした女性の方のみだった。


 10時ごろ登山口から入山料300円を支払い登り始めた。一合目までの道は木々の中を歩いた。ペースが速くなりがちなのを抑えつつ歩く。登り始めにペースを乱さないことが大事という言葉を思い出した。一合目につくと標高400mあって視界が開ける。振り向くとすでに街全体が見渡せる景色が広がっていた。3人組の登山者が休憩していた。一合目以降はずっと開けた場所を歩くことになる。モチベーションが下がらないし、楽しんで歩くことができた。二合目では止まらず三合目まで行く。三合目に着いたのは11時30分ごろ。座っていると寒い。中に着たシャツが濡れて冷たかった。おにぎりを一つ食べ出発する。頂上の方を見ると、快晴にも関わらずなぜか頂上だけ曇がかかっていた。四合目以降傾斜がやや大きくなる。振り向くと常に美しい景色が広がっていて写真を撮らずにはいられなかった。途中街の方から音が聞こえてきた。それは美しい音で音楽ジャンルではドローンとかいったりするメロディや声もないぼんやりとした音像の持続音だった。振り返り耳をすませたのだが、おそらく私がいたのは標高1000mくらいの場所で街から遠く離れているにも関わらず、ちゃんと音が届くというのに驚いた。30秒も無いうちに音は消えた。けれども、それはとても素晴らしい体験だった。場所や自然、この情景にこれほどまでに合う人工音は思いつかない。もっと音を聴いていたかった。この音はおそらく町内アナウンスや音楽で、いろんな場所のスピーカーから出る音がごちゃまぜになって音が前後して耳に届くからそういう風に聞こえたのだろう。
 このあたりで下山客とよくすれ違った。七合目か八合目にベンチがあり、そこで休憩した。おにぎりを一つ食べた。このあたりから道が険しくなっていた。初心者向けという割に正直登るのが怖いところがいくつもあった。行きはまだいいけど帰りに降りるのが怖いんじゃないかと心配になった。頂上に到着したのは13時ごろ。風が強く寒かった。登ってきた方の景色は雲がかかっていてあまり見えなかった。その反対側の景色は山々が連なっているのだけど、こちらはよく晴れていて見渡せた。紅葉しているから山が赤っぽくなっていて綺麗だった。人は思ったより多く無かった。頂上やその周りを散策する。そして4人がけベンチでおにぎりを食べた。


 14時20分ごろ、下山。きっと降りるのが怖いだろうなと思っていた道はいざ降りるとあまり強くなかった。トレッキングシューズを履いているおかげで足をぐねる心配も無い。すいすいと降りることができて楽しかった。見える景色は白みがかっていた。頂上を見ると雲が一切かかっていなくて、タイミングが悪いなと残念に思った。私が降り始めた時はかなり遅かったので、人と全然すれ違わなかった。その方が私にとってはありがたい。自然の中に1人でいるその状況につい高揚する。下山は上りよりも楽しかった。二合目一合目あたりで前を歩いていた登山者たちに追いついた。若いカップルも2組いてそうやって気の合うパートナーがいることが羨ましかった。


 伊吹山登山はよかった。ペース配分でミスすることもなかったし、初めて履いたトレッキングシューズで慣らしてなかったので心配していたけど靴づれもなかった。右膝が八合目あたりから痛み出し、下山時も多少痛んだけど無事乗り切れた。登山は成功だった。大台ケ原がより本格的でちゃんとした登山で、充実感も大きい。そして私はもっと登山をしたいと思う。登山は面白い。

大台ケ原

 10月下旬平日、朝4時半起床。近鉄が発行している大台ケ原行きの往復チケットを利用する。6時41分京都駅発の急行で終点橿原神宮前まで1時間乗り、そこから吉野行きの急行に乗り換え約1時間揺られ大和上市駅まで行く。このときお腹が若干痛く、下痢かもしれないと思った。まだ大台ケ原までの移動に3時間はかかるし、電車にトイレはない。乗り換えの間は10分程度で移動時間を考えるとトイレに行っている時間は無い。なので、深刻ではあった。この電車に乗っている時からすでに登山用の格好をした人たちが多かった。登山の格好をしていた半分くらいの人は、下市駅というところで降りていた。どんな山に行くのかは不明だった。大和上市駅で降り、出たところの大台ケ原行きのバスに乗車。平日にも関わらず、バスは人でいっぱいだった。約40人ほどおり、主に30代くらいの女性のグループ、単独の老人が多かった。若者は2、3人だった。9時に上市駅を出、2時間かけて大台ケ原へ向かう。道中の景色は良いものだった。この付近は、山が多くてしかもどれも大きかった。古い木造住宅が立ち並んでいるのが見えたが、お店らしきものはほとんど見ることがなく、ここの人たちがどうやって生活しているのか不思議だった。バスは後半から山を登り始めた。その道は勾配が強く、しかも所々車一台しか通れないほど狭かった。よくこんなところバスが通れるなという場所もあってスリリングだった。

 

 大台ケ原のバス停に到着したのは、予定より15分遅れた。お腹の痛みが心配だったが大丈夫だった。駐車場は、平日にも関わらず車が多かった。そして東大台の健脚コースを行く。コースの始まりに「登山は自己責任です!」とあってちょっと不安になる。大台ケ原に関する前情報で、行方不明者がいるとあったのを思い出す。近鉄の大台ケ原のチラシにあるコース情報を見つつ、はじめは日出ヶ岳に向かう。初めは木々の中を進むが、日出ヶ岳の近くまでくると、景色が開けてくる。階段を登り日出ヶ岳から見える景色は言うまでもなくよかった。日出ヶ岳は山頂で、こうもあっさりと頂上につくと達成感は正直少ない。到着は登山予定から30~40分遅れていた。写真を撮ると、そこから正木峠を通り大蛇嵓の方へ向かった。

 結論を先取りすれば、この登山で魅力的な場所だったのは、日出ヶ岳日出ヶ岳 ~ 大蛇嵓の道中(正木峠)、大蛇嵓だった。これらはどこも景観が大変よかった。大蛇嵓へ向かう道は空中散歩のようだったし、大蛇嵓からの眺めは、この山で一番美しかったと思う。私は、日出ヶ岳から正木峠に着いた時も時間的に余裕が無いと判断して先を急いだ。大蛇嵓に着いた時は、雲がちょうど少し晴れてきたところで、そこからの景色の半分くらいを見ることができた。紅葉が景色を彩っていて、また雲が少しかかっていたのが神秘的な雰囲気を作っていた。大蛇嵓は下り坂になっていて、岩の端に杭が刺さり鎖で囲まれている。その外は崖になっている。落ちたら十中八九死ぬだろう。私は大蛇嵓の坂を最後まで行くのが怖かったので、すこし手前で写真を撮って引き返した。この時点で予定時刻に追いついて30~40分の遅れはなくなっていた。ただ予定に組み込んでいた昼飯時間を抜いていた。途中休憩できる場所で食べようと考えた。次は、シオカラ谷つり橋へ向かう。ここからは急峻な道ですとの注意があった。ここからは、ただの下山だった。行きよりも荒っぽい道をひたすら下りていく。景色は今までのものとは違い、ただ木々の中を進むだけで全然開けた景色を見ることができなかった。シオカラ谷つり橋は、普通のつり橋だった。特に高いというわけでもなく、危ないというわけでも無い。特に見所はない下山だった。ところで、このときのペース配分は完全に失敗だった。行きと同じ早いペースで行ったので、予定よりかなり早い下山になった。15時10分到着予定だったが、14時10分くらいに着いたように思う。下山中食事をとる場所がなくて、有り余る時間に駐車場で飯を食うことになった。あとは、ビジターセンターへ行ったり、下山道を300mほど戻ったところにある廃業した旅館のある場所で、フィールドレコーディングをしたり、だらだらと時間を潰した。

 15時30分発のバスに乗車して、大台ケ原を後にした。帰りにバスから見える景色はまだ4時か5時にも関わらず暗かった。この時期のこの時間ってこんなに暗かったっけと思うほど暗かった。ちょうど季節の変わり目だったからそう感じたんだろうけど、その時は山岳地帯で山に太陽が早々に隠れてしまったのかもしれないなと思った。そのときの空が黒や紫を少し入れたような赤色に染まっていた。画になるこの空のことがやけに印象に残っている。

 この日、訪れた場所はとんでもなく田舎だった。バスで見た景色に買い物ができそうな場所はたったの一つだけだった。コンビニがあったのを一度見ただけだ。2時間でたったの一つしか見なかったこの街のことに興味が湧いた。後日大台ケ原でもらってきたパンフレットを読むと、大台ケ原麓にある上北山村という村についてが書かれていた。まさに私の興味のあったことだ。最寄り駅まで1時間40分、コンビニまで40分だという。パンフレットによれば店については商店街があるらしかった。パンフレットの情報だけでは彼らの生活が想像できない。だけど、この村では、せわしなさから無縁な生活を送っているのかもしれない。会社に行くに行けないだろうし、村の人は大半の人は農業や漁業、小売に従事しているんじゃ無いだろうか。そう思うと少し羨ましく思った。

 今回の登山(あるいはハイキング)は、総じて良かった。この山はご老体の方もたくさんいたし、登山にしてはかなり簡単な部類のはずで実際楽だった。バッグや靴は普段使っているものだったが、登山用のものも使っていないが平気だった。反省点としては、ペース配分を失敗したこと、景観を楽しむ余裕があまりなかったことだ。欲を言えば晴れていたらもっと良かったのになと思う。これからも登山とかハイキングを続けたい。*1

*1:私は中学のころから住んでいる街を囲む森を散策するのが好きで、今でも時々やっているのだが、それはどちらかというとハイキングである。だが、以前この散策中に地元の山への登山道を見つけ、登山は私の行う森林散策の延長にある行為ではないかと気づきそこから登山をしたいという機運が高まっているのだ。